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『魍魎の匣』第7話 「もうりょうの事」~感想・後編

【前編】より続いています。

京極堂が「もうりょう」を語る。
その「魍魎」を祓うという穢れ封じ御筥様。
信者名簿の不吉な書き込み。疑いを深める鳥口。
久保竣公と『匣の中の娘』。
自作の掲載順に悩み続け、さらなる不安を抱え込む関口。
そして杳として正体の知れぬ、美馬坂近代医学研究所……。
そこにだけは深入りするなと、忠告を重ねる京極堂。
それぞれの思惑を抱え、卓を囲む三人の男。

そんな人間たちを面白おかしく見物するのは、目には見えぬ「妖怪」か。
それとも「匣」を覗いている私たちなのか?
かくて「境界」は薄れゆく。

それが『魍魎の匣』ですもの。


魍魎、登場!!

あの手この手で画面を持たせてきた「座敷で薀蓄」編も、いよいよクライマックス。
ついに京極堂の愛読書から、石燕の筆もそのままにご本人が出てきてしまいましたよ。

これまた原作ファンにはたまらない演出でした。
「おる! 小鬼がおる!! パズーによく似た(ry
という感じで。(笑)
各所で「石榴(京極堂の猫ね)萌え~」なんて言われていますが、私はむしろこの魍魎たちに萌えてしまったぜ!!
だってあいつら楽しそうなんだもん!!

これまではわりと淡々とした、リアリティある描写を見せてきた作品だけに、これは嬉しい誤算でした。

「妖怪」を主軸に据えたミステリー、ということで、この『魍魎』に限らず、京極堂の「妖怪シリーズ」は非常に扱い……というか、表現が難しいと思うんです。

ぶっちゃけ、「妖怪シリーズ」には本物の妖怪は一切登場してきません
事件を引き起こした者(いわゆる犯人)や、事件関係者たちが囚われた狂気、あるいはそれらの狂気によって摩訶不思議・複雑怪奇に歪んでしまった事件の様相そのものを指して、京極堂は「妖怪」と呼び、それを祓い落とします。
これが京極堂の仕事である「憑き物落とし」。普通のミステリーで言うところの「謎解き」に当たるわけですが……。

これをアニメにしようとした時、事が人の心の中の事だけに、どうにでも描きようがあるわけですよ。
それこそ、ビジュアル重視で行くならトリックを暴かれた犯人の口から魍魎が出てきてそれを京極堂が陰陽パンチでドーン!! みたいなことにだって出来るし、逆にミステリーとしてのロジックを優先するなら、妖怪なんて胡乱なイメージは持ち出さず、粛々と事実を振り返り、事件の謎と関係者の心を解きほぐす様子を描いていったっていいわけです。

そんな両極端の描き方(捉え方)ができてしまうところが、この妖怪シリーズのスゴいところではあるわけですが、やはりそれらのどちらか一方だけでは語り切れないのが一番のいいところ。
それをしっかりと汲みとった上での、この作品なりの「妖怪の在り方」「示し方」が、この魍魎が出現するシーンに凝縮されていた気がします。

つまり、「語る時にこそ、妖怪はそこに現われる」とでも言いましょうか。
「実在する」とか「しない」とかではなく、妖怪は心の中に「いる」。
まさしく、原作で描かれ、語られているイメージを見事にアニメでも現してくれている、と思いました。

妖怪は身近。それゆえに恐ろしく、かつ愛しい。←
まあ、こんな妖怪かぶれの萌えポインツを刺激するまでもなく、現実と非現実の境界を無くし、世界(シーン)のありようすら変質させるほどの京極堂の話術、を見せるシーンともなっていますしね。
これは憑き物落としの本番にも大きな期待が持てそうです。

とまあ、そんなこんなで気になっていた謎が繋がり出したら余計気になるようになったという中毒みたいな印象を与えつつ、第一次座敷会議は解散されます。

……この『魍魎の匣』というアニメ、ブログを始める前から他のサイト様で感想が書きにくい書きにくいという意見を多く見てきたのですが、
自分でやるとなると本当に書き辛いな!!(どーすんのコレ!? なんでこんな回から書き始めた俺!?)
と思っていたのですが……。

さすがアニメ魍魎、アニメとしての完成度も一味違います。

京極堂「俺のターンはまだ終わっちゃいないぜ!」
謎の男「それならここから俺のターン!!」
と言わんばかりに、ストーリー進行はここからが本番でしたね。(笑)

「結局自分の相談は何もできなかった……」と帰宅してから悩みだす関口の元に、ついにいわくの小説が到着。

冒頭(それも第1話の)から直結する関口≒久保竣公劇場の果て、この物語のメインヒロインである頼子に真犯人候補筆頭・怪しさ爆発の古谷徹が接近!!
という、疑う余地もない大ピンチ……という見事な引きを作ってくれました。

いや、本当にこのアニメ、アニメとしての完成度がすさまじいです。
話や視点が錯綜したり、そのくせ主役が全然出てこなかったり、登場人物が何考えてるか(時には何言ってるかすら)分からないとかいうのは原作からの仕様なので、そこを呑み込んだ上で見てみると本当にすンばらしい構成をししていると思います。
初回を百合で釣ってみたりとか(一見さん向け)、京極堂初登場のラストを「不思議なことなど何一つないのだよ」でシメてみたりとか(原作マニア向け)。見ていてまったく飽きないです。

繰り返しになりますが、原作を誠実に取り込んだ上で、そこに縛られず独自のアニメとして良いものを作ろうとしたからこそ、できたことなんでしょうね。
言葉にすると簡単でよく聞くことだけど、ここまで「分かっている」そして「出来ている」作品はそうそうないと思います。

というわけで、次回は「言霊の事」、だそうです。
それは言葉のなせる業か、それとも言葉にすると逃げていくものか?

【第8話・感想に続く】

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