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『魍魎の匣』第7話 「もうりょうの事」~感想・前編

最初に言っておく!
7話の感想と題しておきながら作品全体について語っているんだぜ!!
あらすじとか本編キャプ画とかをご所望の方には謝ります。申し訳ない。
しかも初めて書く30分アニメの感想が前後編とかどういうこと。

さて……『魍魎の匣』
プロフにもありますように、m.m.の今期最注目の作品であったりします。
というか、第一話冒頭にしてガッチリ掴まれて、一躍その座に躍り出たって感じなのですが……。
何を隠そう、このアニメの存在が私にこのブログを始めることを思い切らせてくれたのです。

言うまでもないことですが、私はこの作品の原作ファンです。
あの敷居も高ければ難度も高く、志も高ければファンの期待も高いという大変な原作を、本当に素晴らしいアニメにしてくれていると思います。
さすがはマッドハウスだぜ。

とはいえ、そんな素晴らしい作品に対して、私はといえば1クール作品の折り返しも過ぎた時点からの感想記事開始という体たらく。いくらなんでも遅すぎるわ。
京極堂と榎木津の登場に合わせようとか、シャレたことを考えていた時期が私にもありました……。
書きたいことはたんまりある(なにせ信者ですから)のに、正直どこからどう書いたものやら、という状態です。
いずれ単独記事にして、これまでを振り返る意味でも思いっきり語りたいものですが……。
そういうのは最終回後の総評で? 
ですよねぇー。

前置きはこのくらいにして、先週火曜放映の第7話「もうりょうの事」について。
もう先週なんすよ。でも気にしません。

まず……「皆さんの目に触れる感想を書くんだ」という気構えでいると、やっぱりアレですね。
冒頭の「関口劇場」の時点では、結構緊張してました。(笑)
これまではまったく漫然と見ていたのにねぇ……。や、1話とか5話とかは、ボルテージ上がりまくりでしたけどね。

しかしながら、本編のスーパー京極堂タイムが始まると、そんな責任感もアッサリ忘れて、普通に聞き入ってしまいました。難しい話をしているせいもあり、もう記事にすることなんかこれっぽっちも考えちゃいねえ。(駄目すぎる)
平田広明さんの京極堂、やはりいいです。そんな京極堂と的確なコンビネーションを見せる、木内秀信さんの関口も。この時間に木内さんのお声を聞くと、ああマッドハウスだなあという気になりますが。

……すいません、ここでいきなりですが脱線します。(えぇ
正直言うと、原作のイメージを持ってみると、このアニメのキャスティングやキャラデザって全然違うんですよね。
キャラ画やキャスティングの発表当初には、「こりゃあ俺の大好きな原作を全然別物にされちゃうんじゃないか」と不安と不満ばかりが募ったものでしたが……。
いざアニメになってみると、「原作のイメージを再現する」のではなく、「アニメという手法を用いて『魍魎の匣』(という原作小説)が持つイメージを改めて表現する」ことをものすごく大事にしているなぁと、感心させられるばかりでした。
原作に過度に依存することなく(近づけるという意味でも遠ざけるという意味でも)、一本のアニメ作品として『魍魎の匣』を作り上げることにとても気を遣っている、という感じなんですね。

たとえば、原作イメージの京極堂は、もっと歯切れよくポンポンと、相手が怒涛の薀蓄話から振り落とされようとも、それをまた自らの話術によって引き戻す、というやや辛辣で意地の悪い(ともいえる)話し方をする男です。
しかし、このアニメの京極堂は、平田広明さんの(平田さんとしても珍しいくらいの)穏やかな優しい声音で、相手がきちんとついてこられるように、諭すような口調で語っています。
明らかに原作のイメージとは違う……のですが、これは京極堂というキャラクターを分かっていない、ということではないと思うんですね。
敢えてそう表現している、ときちんと感じ取れるんです。
どうしてそう思えるのかといえば、これはもちろん、そこにアニメ特有の「画」と「音」がついているからで。

京極堂は5話での初登場シーンからして、柔らかな日差しと穏やかなBGM、そして先にも述べた平田さんの落ち着いた声を伴って登場してきました。
そして、以降の延々と続く語りのシーンも、「鳥口の素性を言い当てる」「その千里眼についてのタネ明かし」「ペテンとそれを扱う人々の関係性」「その立場の違いと分類、対応の仕様」といったシークエンスを、美味しそうな水羊羹を映してみたり、ぬこをチョロチョロさせてみたり、関口の目をアップにしてみたり、と手を尽くし、心を尽くしつつ進行していきます。

ここまでされれば、作り手の気遣いが分かろうというもの。
「見ていて聞いていて、苦痛や退屈にならぬよう、彼らの話す内容が頭に入るよう、『聞ける』雰囲気を作っていこうというんだな」とすんなりと納得できるわけです。
「こうやって座敷で男三人ウダウダやってるシーンが続くと、みんなが美形で良かったと思う」という意見は、多く見かけますし。(笑)

ようするに京極堂のキャラクターが違うのも、結果として何より重要な「彼が語る内容をしっかりと視聴者にインプットしてもらう」ための、絵コンテやBGMと同列での手法の一つ、ということなんですね。
当然、その目的は『魍魎の匣』という物語を、余さず表現し、伝えるというところにあるわけで。

そうなれば原作ファンの俺は喜ぶしかないぜ!! ということでして。(笑)

そのへんの心遣いは、監督のインタビューにも非常によく現われていると思います。
http://news.dengeki.com/elem/000/000/116/116209/
↑中村亮介監督、主運の平田広明さん、原作の京極夏彦先生のインタビューが掲載されています。京極堂登場の5話時点のものなので、若干古いですが……。
このアニメの雰囲気が好きだ、引き込まれる、という方には、ぜひ一読していただきたいです。さすが京極夏彦、うまい言葉を使う、という部分も含めて。

……とまあ、前々回から続いているこのアニメ独自の雰囲気&画面作り。
京極堂の語りが、いよいよこの作品の根底にいる「もうりょう」という妖怪に及んだ時、それはまた新たな一面を垣間見せてくれるのですが……。

もう充分すぎるほどに長くなってしまったので、この先は【感想・後編】に続きます。
どうか続かせてください。

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