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『魍魎の匣』第10話 「鬼の事」~感想

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き、木下ーーーーーーーーーーー!!


私が妖怪シリーズでひそかに動向を気にしている人物ランキングNo.1、木下圀治

このアニメではやられに出てきただけでした


ですよねー。


さすがに『毛倡妓』とかやってる場合じゃないぜ、ということで、今回のアバンは本朝幻想文学新人賞(もちろん架空の文学賞です)受賞作、久保の『蒐集者の庭』

本当、『匣の中の娘』にしろ、『眩暈』にしろ、よくもまぁあんな前衛的な作品を次々と映像化してみせてくれるよなぁ……。恐れ入ります。ごちそうさまです。
しかし映像で見た限りでも、わけのわからなさでは関口作品に軍配が上がる感じですね。(笑)

これも今回明言されたことですが、久保も関口も、幻想だ不条理だといった評価を受ける割に、それは計算でやっているのではなく、自らの体験をありのまま、私小説・日記として書いているに過ぎない。そういう作風であり、作家である。
(つまり彼らが評価を受けている部分は、技巧や発想力ではなく、目の前の世界を前衛的・幻想的・不条理的に捉え、表現せしめるその独特の感性にこそあるということでしょうかね)

原作において、京極堂は二人の作品について久保
「(前略~)意識的に幻想を生み出しているのではないらしい。彼にとってはこれがリアリズムなんだ
と評し、対する関口
「(前略~)まあ関口先生は久保よりは遥かに事実を作品に昇華させる能力が高いようで(~後略) 」
と、珍しく褒めて(?)います。

確かに本作における両者の作品の映像を見比べてみると……。
関口の『眩暈』の方が、エンターテイメント的な感触ですよね。ジェットコースターに乗っているかのような、振り回されるというか、ついていけないのがクセになるみたいな。身もフタもないんだけどなんか面白いという。
京極堂の言うとおり、『姑獲鳥の夏』の事件を知っている(読んでいる)人間としても、一見、これがあの事件をそのまま書いたものには見えないです。
ただ、エンターテイメント、娯楽的ということはすなわち下世話だということでもあり……。
そういった意味では、久保の作品の方が(もちろん今回の事件に関わっておかしなことになる前の『蒐集者の庭』ですが)、文学的なテーマ性が強く、落ち着いていて、高尚である印象を受けます。
ここらへんがペンネーム使ってカストリ雑誌に下品な記事を書いて糊口をしのいでいる関口と、新人賞獲ってバリバリやっている久保との差を分けたのでしょうかね……。
ちなみに原作にある二人の初対面のシーンでは、関口はそのことをあからさまに久保に侮蔑され、青くなったり白くなったり赤くなったりしています。

いやあそれにしても、まさかアニメを見て多少なりとも久保の才能を惜しむ気持ちになれるとは……。
(原作シリーズ微ネタバレ)俺、ちょっと彼の葬式に出席してくる。京極堂が本職やってるとこ見たいし。(ここまで、『狂骨の夢』より)

ともかく今回は、そんな『蒐集者の庭』という物語を軸として、御筥様教主・寺田兵衛の数奇な人生の締めくくりと、その背後で糸を操っていた久保との関係が描かれました。

本物を自称する「本物」、京極堂と、御筥様の直接対決。

見所はなんといっても京極堂による憑き物落とし!!
原作ファンにはおなじみの、黒づくめの正装もついにお披露目となりました。

しかし、反閇を踏んでみせるシーンではここぞとばかりにマッドハウス演出が炸裂していて笑った……。(笑)

あの空気が破裂する作画、『はじめの一歩』のなんかすごいパンチを打つ前の踏み込みで見たことあるよ!! アカギが相手の当たり牌と思しき牌を迷わず切った時とか!!
(※そういや来期からは一歩復活ですね。この『魍魎』が終わったら俺は何を心の拠り所にすればいいんだと心配していたところだったので、心強い限りです。相変わらずの原作厨っぷりで感想書くと思われます)

あと、先に妖のモノを召喚するのが京極堂の方だとは思わなかった。

しかも白虎とか出しちゃったよ……。四神獣の一匹じゃないの。

それにしてもこの白虎、くつろぎ過ぎである。

ここ、妖(あやかし)使いの呪術者同士の対決シーンであり、しかも一方が一方を圧倒的に追い詰めているという場面なわけですよね。
そこで満を持して召喚された白虎なわけですから(それも魍魎が白虎に通じることから柏虎を嫌うという話の流れで)、白虎が兵衛(魍魎)を威嚇し、食い殺さんばかりに襲いかかる、というような迫力ある演出でもよかったと思うんですよ。関口が「京極堂が怒っている」とも言ってましたし。

それが、出てきた白虎はつぶらな瞳で、しっぽふりふりしながら兵衛の横でにょろりと寝そべるだけ……。

これがなんとも、穏やかな雰囲気を大事にしてきたこの作品らしい。(笑)
石榴(京極堂の猫)といい、やはりこのスタッフ、ぬこ描写に至るまでしっかりとしたこだわりがあると見たぜ!

憑き物落としの内容自体、京極堂の言霊については原作を読んでいても何を言っているのかサッパリだったんですけれども、6/7話で語られた薀蓄の反復となっている部分もあり、「ようするに御筥様はトーシロだから太刀打ちできない」ということだけはしっかり理解できるようになっているのがすごいところですね。

その後、改めて兵衛と久保が父子であり、息子である久保の妄執の前に、負い目を持つ兵衛が言いなりになっていた……とすっきりと説明をつけてくれるのもいい感じ。見ていて負担がないです。

しかし、全ての黒幕と思われた久保は青木(と木下)をフルボッコにして逃走……と思いきや、自らがバラバラ死体となって発見される……。
ここの演出も秀逸でしたね。
扉の中にいた者はその素顔を晒していません。その直後、久保が被害者として発見される。ということは……? という。

「事件は振り出しに戻った」という関口のナレーションが印象的なヒキとなりましたが、ここまで観てきた我々にとっては、この事態が指し示す、残る謎の行く先はただ一点。
ここからいよいよラストスパートですね。
最後の謎解きには少なくとも3話は必要だろう! と思っていたので、ちょうどそういった構成になっていることにはニヤリです。

このアニメが始まって以来、m.m.は原作を読み返しています。そりゃあもう読み狂っているのですが……。
ちょうど次回くらいからの展開に入るともう駄目なんだよなぁ。何度も読んでいるにも関わらず、一気に読み進めてしまいます。


そんなわけで、次回は「魔窟の事」。
その魔窟が、最後の舞台となるのか――。

【第11話・感想に続く】


↓『眩暈』を通じて関口が描いた事件とは↓
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